クラフトビールからはじまる、地域の循環と新しい集いの場
高知県四万十市の中村。この街のなかに、心地よい賑わいを見せるクラフトビールの醸造所併設タップルームがあります。
大阪から移住して10年目。サーフィン中心の生活がしたくて、連休のときなどに通っていたのがきっかけでこの地にやってきたご夫婦が営むお店は、今や単にビールを飲む場所を超え、地域の人々と外から訪れる人々が交差する「新しい集いの場」となっています。
今回は、そんな地域密着型のタップルームを営むオーナーご夫婦にお話を伺いました。
1. 移住から10年。「中村の街中」へのこだわりと免許取得の壁
大阪にいた頃、連休のたびにサーフィンをしに高知を訪れていたというご夫婦。「サーフィン中心の生活がしたい」と、四万十に移り住んで今年で10年目を迎えます。
元々クラフトビールが凄く好きだったこと、そしてこの地域に移住して自分たちの得意分野を活かしたものづくりをしたいと考えたことが、お店を始めたきっかけです。前職ではビール会社でスーパー向けの営業を担当しており、会社がクラフトビール事業に力を入れ始めた時期でもありました。当時はこの地域にまだクラフトビールがなかったので、地域にない新しい分野で、自分たちの経験を活かせる「これだ!」と思えるものが全部カチッとハマり、自分でやろうと決意しました。
なぜ、この地域でお店を始めようと思ったのでしょうか。
「最初は水が綺麗でどぶろく造りの文化もあるからと他の地域を勧められることもありました。でも、私たちは『中村の街中』でないと意味がないと思ったんです。自分たちがクラフトビールを飲みたい場所であり、ビジネスとして直販の飲み水を確保するためにも、人が集まる街中でないと厳しいと判断しました」
しかし、オープンまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。当初は製造免許がなかなか下りず、まずは福岡の醸造所に自分たちで仕込みに行くOEM(委託製造)からのスタート。経費がかさみ、自分たちで造れない期間が長引くほど運転資金が削られ、資金繰りは悪化する一方でした。税務署(中村税務署、および高知税務署の酒税官)は非常に細かい数字を求めてくるものの、なかなか免許を出してくれません。周りの事業主からも「あそこの税務署は厳しくてみんな苦労しているから落ち込まないで」と励まされるほど、大変な立ち上がりでした。
2. 麦芽カスからレモンへ。地域とつながる「循環型ビール」
お店のラインナップは、あまりホップの癖を強く出さない、みんなが飲みやすい「アメリカンペールエール」や「セゾン」といったスタンダードなクラフトビールから、地元の旬の柑橘類を使ったローカルビールまで多種多様。私たちは、この「スタンダード」と「ローカル」の2つのラインを同時に提供することにこだわっています。
なかでも面白いのが、お客様であり地元の生産者でもある農家さんからの「持ち込み企画」から生まれるビールです。
「クラフトビール好きのご夫婦であるぶどう農家さんから『これで出来たビールが飲みたい!』とおおまかにまとめて持ってきてくださり、ぶどうのビールを製品化しました。また、一円(いちまる)農場さんの無農薬レモンを使ったビールもあるのですが、実はこれ、循環型モデルになっているんです。うちのビール造りで出た『麦芽の搾りカス』を鶏の餌にしてもらい、その鶏から良い卵が生まれる。そして鶏のフンが、今度はレモンの肥料になる。そのレモンがまた、うちのビールになるんです」
また、高知県全体でブランド化を進めているものの、生産しても食品としての販路が少ないという課題があった『ベルガモット』についても、生産者さんから「宣伝も兼ねてビールを造ってほしい」と提案を受け、形にしています。
3. 70kgの果実を手作業で剥いた、特別な『文旦ビール』
最近のラインナップで特に思い入れがあるというのが、長くお付き合いのある「四万十清流農場」の弘岡さんご兄弟が作る文旦を使った『文旦ビール』です。お店の立ち上げで苦しい時期にも親身に経営相談に乗ってくださった、経営者として心から尊敬している方です。
弘岡さんの作る文旦は、予約だけでいつも完売してしまうほど凄く美味しい文旦。「ここの文旦をどうしても使いたい」と思ったことから仕込みが始まりました。
文旦は白い皮が入ると苦味が出てしまうため、黄色い外皮だけを薄く剥いて香り付けに使い、中の実はすべて手作業で丁寧に剥いてからスロージューサーにかけました。その量、なんと「70kg」。果てしない手作業で体力的には過酷でしたが、本当に美味しく出来上がり、強い思い入れのある一杯になりました。
4. 初めてならこれ!個性の違いを楽しむ「4種の飲み比べセット」
「クラフトビールのハードルを下げたい、面白そうならまずはやってみる精神」と語る店主が、初めて訪れた人にまずおすすめするのが「4種の飲み比べセット」です。
麦芽の種類や量によってビールの「色」が決まり、味わいも全く異なります。その違いを明確に楽しんでもらいたいという想いから、まずは以下のスタンダードな2種を含むセットを提案してくれます。
bird(アメリカンペールエール):定番のアメリカンペールエール
grassland(セゾン):定番のセゾン
味が全然違うので、クラフトビールのスタイルの違いや種類の多さを楽しんでもらいたいです。ちなみに、うちのスタンダードビールは「酸っぱいピクルス」にめちゃくちゃ合います。
5. 立ち飲みだからこそ広がる、ゆるやかで愛おしい繋がり
都会とは違う、ゆったりとした時間の流れ。シンプルな生活がしやすい「ゆるさ」がこの地域の魅力だとご夫婦は言います。
お店をオープンしてからは、外から店内の様子が見えるオープンなスタイルと、距離の近い「立ち飲み(スタンディング)」という形だからこそ、嬉しい変化が生まれています。
「一人でふらっと来ても、立ち飲みだからすぐ誰がいるか分かるし、ビールを楽しみながらお客様どうしが自然と繋がって仲良くなっていくんです。地元の人も、旅の人も、ここに来れば誰かと話せる。そんな場所を目指しています」
地元の方が「ビールってこんなに色々あるんだ!」「果物も使えるんだね」と喜んでくれる声や、そこから派生して「うちの作物も引き取って」「循環の輪にうちも入れて」と人脈が広がっていくことが日々の喜びです。
これから挑戦したいのは、他の事業者さんとのコラボ商品の開発を進め、この地域の利点や横のつながりを増やしていくこと。そして、ビールを起点とした「循環型の仕組み」をさらに他の農家さんへも繋げて広げていくことです。
地域の魅力をビールにのせて発信するご夫婦の挑戦は、まだ始まったばかり。
インタビューを終え、取材班も美味しいビールにすっかりほろ酔いになり、温かい余韻に包まれながら気持ちよく帰路についた。